吉田 修一

文庫本熱帯魚
熱帯魚
単行本版も参照

この物語は仮設便所の中から始まります。換気が悪く、むし暑い中、紙がないため軽い監禁状態に陥った主人公の大輔がそこにいます。しかしそこに知り合いが通り、大輔は紙をもらうことができ、やっと苦しい仮設便所の中から解放されるのです。この小説には、このような監禁と解放が姿を変えて度々著されています。題名の熱帯魚には、この二つの側面を持たせた上で、登場人物に喩えているようです。感情丸出しの大輔を通して、苦しさや淋しさから逃れようとしている人物が温度差を持って描かれています。

文庫本パーク・ライフ
パーク・ライフ
単行本版も参照

ごく普通なサラリーマンの生活を小さく切り取った短めの小説。普通の生活ではあるが、この小説の主人公は感性が強く、他人が普段見ようとしないものを見ています。サラリーマンのちょっと一息ついた部分と、臓器を巡っての重々しさが対照的につり合っていて、人の中身を取り出したような感覚を受けました。大きな出来事は特になく、普通に存在している奇妙な点をとても敏感に描いている作品。芥川賞受賞作。

文庫本パレード
パレード
単行本版も参照

マンションの401号室に、家族でも、友達でも、恩人でもない、ちょっとした知り合いが5人くらいで一緒に住んでいる。一緒に住んでいながら5人 "くらい" とは変な話だと思う。しかし、それは妙な関係のせいでもあり、また一緒にいるのにお互いに興味がない者同士だからでもあるのだろう。男も女も職業も目的も違うのだ。そんな奇妙なヤツ等がなんでもない日々を、自分の目的と快楽に従って生活していく。

文庫本秘密。私と私のあいだの十二話
秘密。私と私のあいだの十二話
→単行本版未発売

総勢12人の作家による短編集です。短編集には違いないのですが、特徴としてこの小説にはA面、B面と同じ話の中で主人公が変わります。主人公の見た場面(A面)を別の人から覗く(B面)とどうなっていたのかが描かれているのです。つまり主人公の話し相手や電話の向こうの相手などに視点が移り、見えないはずの物語が語られます。また、短い文章の中、人物像がしっかりとし、二つの物語がよく組まれているので、毎度新鮮な感覚で読み進められます。ちょっとした空き時間にどうぞ。